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2025.04.18

論文でウェルビーイング!第6回「研究者のウェルビーイング‐インポスター現象とは?‐」

1.はじめに

 人生で約70%の人が経験するという研究もある「インポスター症候群」。エマ・ワトソンさんやミシェル・オバマさんなど多くの著名人もインポスター感情を抱いていたことを告白しています。さらに、アインシュタインは「自分の研究は過大評価されているのではないか」とも語っています。
 今回は、インポスター症候群/現象とは何か?から、その背景や特徴、特に高等教育機関に属する研究者や博士学生のインポスター症候群、そして対処法など、多くの人が経験しうる現象ですが、特に研究者のウェルビーイングに注目しながら、論文を参考に深堀していきます!

2.インポスター現象とは

2.1. 起源

 インポスター(Imposter)の語源は、ラテン語の “Imponere”(置く・押し付ける)です。Imponere が変化して、”Imposter”(他人に虚像を押し付ける者)となり、今では「詐欺師」を意味する言葉として使われています。ですが、ここでの詐欺師とは誰にでも嘘をつくというわけではなく、自分自身に対して、自分は本当はその価値がないという嘘を信じてしまっている状態のことを指します。
  「インポスター現象 」(Imposter Phenomenon: IP)は、Clance&Imes (1978)の論文内で初めて登場しました。Clance&Imesは、特に優秀な女性たちが「自分たちの成功は実力ではなく運や周囲の過大評価の結果だと信じてしまう傾向」インポスター現象 (IP) と呼びました。つまり、IPとは、高い成果を上げているにもかかわらず、自分の成功を外的要因のせいにし、自分を詐欺師だと感じる心理状態を指します(Clance and Imes, 1978; Salulku, 2011; Parkman, 2016) ​。
 インポスター現象は、のちに一般的にインポスター症候群 (Imposter Syndrome)  と呼ばれるようにもなりましたが、正式には精神疾患名ではなく、あくまで心理的傾向を表す言葉です。そのため、本記事でもインポスター症候群ではなく「インポスター現象」(IP)として表記します。なお、IPは当初、特に優秀な女性に顕著であるとされていましたが、近年の研究では、性別に関係なく誰もが経験しうる心理的傾向であることが明らかになってきています(Pákozdy et al., 2023)。特に大学院生を対象とした調査では、女性の方がやや高い傾向を示すものの、男性においてもインポスター感情や完璧主義傾向は同様に存在しており、性差を超えた普遍的な課題として捉えるべきであると指摘されています。

2.2. 背景と特徴

 インポスター現象は、単なる「自信のなさ」や「謙虚さ」とは異なり、特定の認知パターンや行動サイクルを伴う、持続的かつ心理的な負担となる現象です。Clance&Imes(1978)は、IPの背景には、家族力学、社会的・文化的な性役割への期待、個人の特性など複数の要因が絡まり合っていると述べています。以下に研究者や大学院生を中心にみられる代表的な特徴を整理します (Sakulku, 2011; Parkman, 2016; Kelley & Barlow, 2024)。

1.詐欺師や偽物の感覚

自分の成功を自分の能力ではなく、運やタイミング、他者の支援など外的要因に帰属し、「自分は本当は有能ではない」「いつか正体がバレるのでは」と感じる感覚。

これはインポスター現象の中心的な特徴で、自己肯定感の低下にもつながります。

2.失敗と発覚への恐れ

達成しても、「一時的な成功」と捉え、次こそ失敗するのではないかという慢性的な不安を抱きます。
成功そのものがプレッシャーとなり、継続的なストレスを生み出します。

3.補償的完璧主義

「完璧でなければ受け入れられない」という思いから、タスクに対して過剰に準備したり、逆に先延ばしにしたりする傾向が見られます(Pákozdy et al., 2023)。
この行動パターンは、バーンアウトや過労につながりやすいとされています。

4.対人関係の不安

他者からの評価に対して過敏になり、フィードバックを素直に受け取れない、または他人と比べて自分が劣っていると感じやすくなります(Wei et al., 2020)。
特に新しいコミュニティや学術的な場面では強く表れやすい特徴です。

5.成功の外部帰属とフィードバックの否定

周囲からの肯定的なフィードバックを信じられず、成果を「偶然」や「他人の評価ミス」としてとらえてしまう傾向があります (Kelley & Barlow, 2024)。
このような自己認知のゆがみは、達成感を感じにくくし、次のタスクへのモチベーションにも影響を及ぼします。
 このように、IPは、「成功」と「心理的苦しみ」が結びついた自己強化的ループを形成します。そして、長期的には精神的健康やパフォーマンス、ウェルビーイングに深刻な影響を及ぼします (Sakulku, 2011)。特に大学院生や若手研究者間では自信とプレッシャーの間で揺れ動く中でこの現象が顕著になりやすい傾向があります(Parkman, 2016; Wang & Li, 2023)。その背景には、教育制度や学術文化の在り方が大きく関与しているとも指摘されています(Hannukainen & Brunila, 2017)。

隣り合って立っている数人

3.インポスター現象への対処方法:研究者としてのウェルビーイングを保つために

 インポスター現象は、研究者の自己肯定感や学術的成長を阻む大きな障壁となり得ます。特に、「自分は本当の専門家ではない」などと感じることが論文投稿や発表、さらにはキャリア形成そのものへの消極性につながるかもしれません。ここでは、近年の研究や実践に基づいた効果的な対処方法をいくつかご紹介します。

3.1.セルフ・コンパッション:自分に優しくあること

 セルフ・コンパッション (self-compassion) とは、失敗や不安に直面した時に自分に思いやりを向ける姿勢を指します。Liu et al. (2023)の研究では、大学生に短期的なセルフ・コンパッショントレーニングを行ったところ、IPの感情が有意に減少し、心理的ウェルビーイングが向上したことが分かっています。
また、Wei et al. (2020)によると、セルフ・コンパッションが高い人ほど、インポスター感情によって引き起こされる恥や不安が緩和されることも示されています。これは、自分の成功や失敗を「人間なら誰でも経験すること」として受け止める姿勢に支えられています。

🍀実践のポイント

    • 毎日3分でも「今の自分に優しく声をかける」時間を設ける
    • 小さな成功や感謝をノートに記録する
    • 短い瞑想や呼吸法を取り入れる(例:セルフ・コンパッション・ブレイク)

3.2.周囲とのつながり:ピアサポートと信頼できる助言者の存在

 「自分だけがこんなふうに感じているのではないか」と思うことが、インポスター感情をより深刻化させます。しかし実際には多くの研究者が同様の経験をしています(Sakulku, 2011)。そのため、信頼できる仲間や先輩、指導教官との対話を通じて、自分の感情を言語化し、共有することが大きな支えとなります。
 Pat Thomson教授も、自身のブログで、「自分が詐欺師のように感じているときこそ、何が自分の内面で起こっているのかを見つめる機会になる」と語っています。こうした対話の場は、IPがあなた一人の問題でないと知ることにもつながります。
 さらに、大学院生や若手研究者にとって、定期的なスーパービジョンは非常に重要です。研究上の方向性だけでなく、「自分の研究者としての在り方」に関する不安や違和感も含めて語ることのできる関係性はウェルビーインを支える基盤となります。
また、KPMGレポートでは、支援的なマネージャーやメンターの存在が自分の功績を思い出させてくれる「鏡」として働き、自己評価を回復させることにつながると指摘されています。

🍀実践のポイント

    • 雑談や悩みを共有できるピアグループを持つ
    • ポジティブなフィードバックのメールなどを印刷・保存、目につくところに貼っておく
    • 正直に「不安」や「できていないこと」を相談できる相手を見つける
    • 自分をよく知る人の視点を借りて、自分の価値を再確認する
    • 小さな成功も一緒に喜んでくれる仲間をそばに置く

3.3.「できないかもしれない」を問い直す思考習慣

 インポスター感情が強いとき、人は「自分にはできない」と考えがちです。ですが、その思考に対して「本当にそう思うのか?何故そう思うのか?」問いかけることで、自己の認知の癖を知ることができます。これは、認知行動療法(CBT)にも通ずる方法で、心の声を客観視する訓練にもなります。

🍀実践のポイント

    • 「私はできないかもしれない」という思考に「なぜ?」と問いかけてみる
    • 自分の過去の成功や乗り越えた経験を意識的に振り返る
    • リスクをとった場面で「実は大丈夫だったこと」に注目する

4.まとめ

 いかがでしたでしょうか。インポスター現象は研究者に限られたものではありません。たとえば、成績や進学に強いプレッシャーがかかる環境にいる生徒や学生、親からの成果を期待される子ども、さらには、成果主義的な職場にいる社会人など、年齢や立場を超えて広く経験される心理的な現象です。
 とりわけ、高度な専門性と成果が求められる研究職においては、この感覚が顕著に表れやすいとも言えます。自分が詐欺師で偽物に感じるとき、その感覚の原因は自分の内部にあるとは限らず、多くの場合、評価主義的な学術文化や孤独な環境といった外的な要因に自分が反応している結果なのかもしれません。
 特に、日本の博士学生を対象とした研究はまだ十分に行われていないのが現状です。今後は、ぜひ学部や大学、年齢を横断するかたちで、この現象の実態を捉え、安心して語り合える博士学生のコミュニティの形成やウェルビーイングを支える環境づくりにつなげていけたらと思います。
一般社団法人 ウェルビーイングデザイン
宮地 眞子

参考文献

Clance, P. R., & Imes, S. A. (1978). The impostor phenomenon in high achieving women: Dynamics and therapeutic intervention. Psychotherapy: Theory, Research & Practice, 15(3), 241–247. https://doi.org/10.1037/h0086006

Hannukainen, L., & Brunila, K. (2017). Top performance ideology and academic competition. In Filander, K., & others (Eds.), Education, Governance and the Public Good.

Kelley, K., & Barlow, K. (2024). Gender, Graduate School Stage, and the Imposter Phenomenon. Journal of Graduate Education Research.

KPMG International. (n.d.). Advancing gender equality in the workplace: Women in leadership research.

Liu, S., Wei, M., & Russell, D. (2023). Effects of a brief self-compassion intervention for college students with impostor phenomenon. Journal of Counseling Psychology, 70(6), 711–724. https://doi.org/10.1037/cou0000703

Pákozdy, C., Askew, J., Dyer, J., Gately, P., Martin, L., Mavor, K., & Brown, G. (2023). The impostor phenomenon and its relationship with self-efficacy, perfectionism and happiness in university students. Current Psychology. https://doi.org/10.1007/s12144-023-04672-4

Parkman, A. (2016). The Imposter Phenomenon in Higher Education: Incidence and Impact. Journal of Higher Education Theory and Practice, 16(1), 51–60.

Sakulku, J. (2011). The Impostor Phenomenon. The Journal of Behavioral Science, 6(1), 75–97. https://doi.org/10.14456/ijbs.2011.6

Thomson, P. (n.d.). Patter Blog. Retrieved from https://patthomson.net

Wang, Y., & Li, W. (2023). The impostor phenomenon among doctoral students: A scoping review. Frontiers in Psychology, 14, 1233434. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1233434

Wei, M., Liu, S., Ko, S. Y., Wang, C., & Du, Y. (2020). Impostor feelings and psychological distress among Asian Americans: Interpersonal shame and self-compassion. The Counseling Psychologist, 48(3), 432–458. https://doi.org/10.1177/0011000019891992

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