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2023.01.23

メタバースで実現する働く人のウェルビーイング

【飯野航平さんプロフィール】

株式会社MentaRest 代表取締役/CEO
1996年島根県松江市出まれ。高知大学地域協働学部にて社会起業家について学び、在学中に子ども食堂を実施するNPO法人の理事に就任。卒業後、2019年大手IT企業に入社。社長に「4年以内に独立します」と宣言し、営業職で新規営業トップ成績を残す。しかしタスク過多により適応障害と診断され休職を経験する。2021年に退職後、メタバースでメンタルを整えるカウンセリングサービス「MentaRest」(旧:メンケア) を開発し、同年9月株式会社MentaRest(旧:Flint) を設立。

ここ数年、注目が高まっている「メタバース」。「メタバース」とは、オンライン上に存在する3次元の仮想空間や、そこで提供されるサービスのことを指します。
オンラインで人とつながる機会が増えましたが、顔が見えなかったり、物理的な面で対面と比べるとコミュニケーションが取りにくいことが課題になっています。しかし、そういう状態だからこそ、むしろ心理的安全性が高まる場面もあるかもしれません。例えば、悩みがあった時にすぐにありのままを話せる人はいますか?多くの人は、自分の弱いところを身近な人に見せることに少なからず抵抗があるのではないでしょうか。悩みを抱え込んでいる状態だと、パフォーマンスも思うように発揮することはできません。

心理的、物理的な制約から解放され、そこから新たなつながりを創り出すことが可能といわれるメタバース空間で、働く人たちのウェルビーイングを向上させることは可能なのでしょうか?ご自身がメンタルダウンした経験から、企業従業員向けメンタル不調予防サービス「MentaRest」 を開発された、株式会社MentaRest代表取締役/CEOの飯野航平さんにお話を聞きました。

自分でも気がつかなかった「心の不調」

島根県で生まれ育ち、小学生の頃は漠然と「毎日自由で楽しい生活を送る大学生になること」夢を掲げていました(笑) 。父親が仕事で自動車学校の教官をしており、週末になると大学生の生徒さんたちが父と会うため自宅を訪れていたのですが、彼らと接していたからか、大学生に対してすごく自由なイメージと漠然とした都会への憧れを持っていました。
僕の場合、経済的な理由で奨学金を借りながら国公立大の高知大学に進学することになりました。そこから一念発起し、自身のキャリアにつながる学びに注力し、数ある授業の中でも、ソーシャルキャピタルや社会起業論を積極的に学びました。
在学中からいつか起業したいと思っていたのですが、卒業後は就職を選択し、大手IT企業グループに入社しました。当時は起業前に組織について学びたいという想いがあり、人事で採用していただける企業を希望していました。しかし結果的には、現場を知るためという理由で初年度は営業に配属されました。
配属先は新規営業が中心の部署でしたが、自分は新規営業が得意だったので1位の成績をキープしていました。誰よりも早く成長するため、自身を追い込みながら取り組んでいました。

ところが、ある時急に体調を崩してしまい内科を受診したところ、「精神科や心療内科で診を受診してください」と言われました。当時は吐き気や頭痛、めまい、まっすぐ歩けないといった症状が出ていたため、メンタルが原因だということに全く気がつきませんでした。「まさか自分がメンタルダウンするなんて」と、本当に驚きました。
心療内科を受診し、休職を経て復職をしました。医師からは3ヶ月から半年は休んだ方がいいと言われたのですが、新卒で経済的余裕もないため1ヶ月で復職を選びました。復職後は人事総務部で約1年バックオフィス業務について学び、2021年の3月に退職をしました。そして準備期間を経て、同年9月に株式会社MentaRest(旧:Flint)を設立しました。

「MentaRest」は飯野さん自身が悩んできたことを解決しようと思って作られたサービスなのですね。これをメタバース空間でやろうと思ったのはなぜですか?

当時の自分を振り返ると、忙しく余裕がない中で既存のカウンセリングや産業医や心療内科に行くことというのは、時間的にも精神的にもすごくハードルが高かったんです。でもメタバース空間であれば、見た目もエンタメ性が高くキャッチ―なので、カジュアルに使えて、悩んでいる人の背中を押しやすいのではないか、またそもそも悩む前のメンタル不調予防としても活用できると思ったのが理由です。もともとIT系の会社で働いていたことや、ゲーム好きだったこともあり、新しいサービスやツールに興味があったので、その延長でメタバースにも非常に関心がありました。

―私もメンタルダウンの経験がありますが、家族や友達、会社の人にはなかなか話しにくいですよね。かといってカウンセリングを受けたり、心療内科に行くことって何か特別なことのような気がして躊躇してしまいます。

おっしゃる通りで、多くの方が未だカウンセリングは病気の方が治療で受けるもの、という印象を持っていらっしゃる現状があります。その結果、「このぐらいで受診するのは気がひける」「まだいけるだろう」とギリギリまで我慢してしまうんです。当時の僕は一人暮らしで話し相手もいなかったので、今振り返ると孤独な生活をしていました。休職することを親に話をしたのですが、「こんなこと言って大丈夫かな」とか「心配かけたらどうしよう」という気持ちが大きくありました。両親に打ち明ける際、勇気を振り絞ってLINEを送信した記憶があります。

あえて「リアルな自分」でいないことで、自己開示がしやすくする

コミュニケーションの観点でメタバースの活用を考えると、興味深い先行研究が見つかります。東京都市大学の市野教授の先行研究では、アバターを介してコミュニケーションを行うと自己開示のスコアが上がるという研究結果が発表されています。「自分に似ているアバター」と「自分に似ていないアバター」、それから「ビデオチャット」の3つを比較した際、「自分に似てないアバター」が最も自己開示のスコアが高くなったそうです。

前回インタビューした保井俊之先生が、ちょっと前まではテクノロジーというものは無機質なもので、人を幸せにしないものというような風潮があったけれど、本当はそうではなくて幸せを加速させるものですとおっしゃっていました。まさにリアルではできなかったところに、メタバースやアバターを使うことで、素の自分でコミュニケーションができて安心感が得られる、といった人間的な温かみを感じることができるのはすごくいいテクノロジーの活用法だと思います。

MentaRestの利用者さんからは、アバターだと初めてでも本音が話しやすいという声や、電話とは違い話す相手もアバターで目の前にいるので、特定の相手に向けて話すことができるという意見も多くいただきます。また、シンプルにメタバース空間での体験が楽しいという意見が非常に多く、利用者さんの満足度が高いです。また、アバターだからという理由もあると思うのですが、カウンセラーさんが持ってらっしゃるスキルの高さも利用者さんの満足度に影響していると思います。実際に、初回利用後約8割の方がリピートでご予約されます。

―このメタバース空間では、カウンセリング以外にもできることはありますか?

MentaRestではカウンセリング前に 、バーチャル空間のツアー体験ができます。そこでは、運営のコンシェルジュと一緒にバスケットやサッカーなどのミニゲームをしたり、ボートでクルージングを楽しんだり、NFTアートを見ることができます。一般的なビデオチャットでは平面的にコミュニケーションを取るだけになってしまいますが、バーチャル空間であれば、実際に体を動かしていなくても一緒に体験している感覚になれます。利用者さんが安心安全な環境でスムーズにカウンセリングに移行できるよう工夫しています。
カウンセリングは病院で受けるものを除くと、基本的に保険適用外なんです。それに加え、先生が選べなかったり、費用も一般的には1時間あたり大体1万円から1万2千円と高額です。カウンセリングの価値を知らない人からすると、経済的ハードルを感じてしまいますよね。

不調の「予防」ができる場

企業人事の方ともよくお話しするのですが、従業員の人たちが「ちょっと変だな」と思った時にすぐに相談して、日常的なセルフケアができる環境作りが大切です。かかりつけ医のような「かかりつけの相談相手」という立ち位置になって、1カ月に1回や、3カ月に1回など習慣化してもらえるといいと思っています。実際の利用者さんで、週の初めに今週のタスクや頭の整理のために活用されている方もいますし、高いパフォーマンスを維持するためにカウンセラーから「最近がんばって仕事を入れすぎているようなので、意図的に休みを設けてみませんか?」というフィードバックを自身の行動変容に繋げる方もいらっしゃいます。

僕の場合、忙しい時は睡眠の質が下がり悪夢を見ることがあります。そんな時は自分でもMentaRestを活用しカウンセラーさんに相談をしています。すると、入眠時は体温が下がるという睡眠のメカニズムから、朝ではなく寝る前にお風呂に入った方がいい、など医療の観点からアドバイスをいただけるので、すごく納得感があります。僕だけでなく、MentaRest全体的に、仕事のパフォーマンスを高めたり、維持するための相談が多い傾向にあります。

―落ち込んだり、元気がなくなった時に使うサービスだと思っていたのですが、そういうわけではないんですね。

個人的な相談だけでなく、人間関係の相談なんかもあります。ご家族やパートナーに関する話や、管理職の方だと上司と部下の関係など、相談内容も様々です。

一般的なカウンセリングサービスは、メンタルが辛いときに使う、というのがおそらく主流だと思います。しかしながら、MentaRestは今元気に働いてる方のメンタル不調予防に特化している点が既存のサービスとの大きな違いです。今まではメンタル不調予防に特化したサービスはほぼありませんでした。電話やチャット、オンラインビデオチャットなど様々な手段がある中で、予防目的で利用を促すイメージを持つのは難しいと思っています。上記のような手段は、相談したいこと(主訴)が相談者の中である程度明確化され、勇気を出して「よし、相談しよう」というスタンスで利用されるケースが多いと思います。実際に僕の場合もそうでした。
しかしながらMentaRestは、「特に相談したいことは思いつかない」くらいのライトなスタンスで来てもらった方が高い満足感を提供できます。

先日登壇させていただいたイベントのテーマが「企業価値としての健康経営」というものでした。近年、多くの企業がウェルビーイングや健康経営という観点を非常に重視していると感じます。
しかしながら企業人事へのヒアリングを重ねていくと、上記のような取り組みが大事だとわかっていても「具体的に何をしたらいいのかわからない」という担当者の本音も聞こえてきます。
現在多くの企業や大学などで、メンタルヘルスの相談窓口(スクールカウンセラー等)を設けていますが、実はあまり使われていないのが現状です。相談窓口サービスが自社にあることを従業員が知らないだけでなく、知っていたとしても昇給や昇進に影響しないか気になって使いづらいといった精神的な利用ハードルがあります。

産業医への相談の場合、個人の情報を会社と共有する必要がありますが、MentaRestはEAP(※)という外部のサービスになるため、匿名で利用できて、しかもユーザーさんとカウンセラーさんの間だけでプライバシーを保護しているので、僕たち運営や企業人事にも相談内容は一切共有されません。
これからも働く人の目線で、誰もが安心して働き、生活し生き続けられる環境を整えていきたいと思います。

※EAP・・・Employee Assistance Program。メンタルヘルス不調の従業員を支援するための、社外の機関により行われるプログラム。従業員は社内の人に知られることなく専門家に相談することができる

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居場所がたくさんある人は幸福度が高い、という研究結果があります。
自分を受け入れてくれる場所があるという安心感は、自信や喜びなどの幸せな感情を感じやすくさせ、自分の才能を発揮したり、周りの人とのつながりを楽しむといった幸せにつながります。メタバースがその人の本来持っている感情を取り戻し、より成長していくための新たな居場所となっていくのではないかと思いました。


<MentaRest>
企業従業員のメンタル不調予防を目的とし、メタバースでメンタルを整えるアバターカウンセリングサービス。MentaRest社顧問の精神科医がサービス監修し、在籍カウンセラーは「臨床心理士」「公認心理師」の資格保有者限定。
https://www.mentarest.com/

【株式会社MentaRest】
所在地:東京都渋谷区
設立:2021年9月
事業内容:「MentaRest」の開発・提供
https://mentarest-corp.com/

 

取材・文/小宮沢奈代

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