BLOG

ブログ

2024.09.18

論文でウェルビーイング! 第1回 「幸せ恐怖症とウェルビーイング」


 昨年国の施策に落とし込まれ(※1)、様々な業界でウェルビーイングが叫ばれる2024年(※2)

 「ウェルビーイング」、つまり「よい状態にあること」(※3)、幸せになることがこれ程までに注目される一方、幸せになることに対して、消極的な気持ちな方々がいることも事実です。(※4)

 実は、筆者もかつてはそのように考えていた時期がありました。でも、それはなぜだったのだろう?という私自身の疑問から生まれたのが、第一回です。

 今回は、「ウェルビーイングを目指したいけれど、なかなかそのような気持ちになれないのは、何でなんだろう…。」、漠然と「幸せになることが怖い…。」と感じる方々にむけた情報を、論文を参考にお伝えします。


※ 筆者が面白いと思った国内外のウェルビーイングに関する論文をわかりやすく共有するのが、論文でウェルビーイング!のシリーズです。

 

1.日本人の幸せに対する感じ方

 まず、幸せに対して、文化によって評価が異なります。(※5)

 例えば、日本を含む東アジア人は、社会的調和や協調性、つまり所属することや良好な対人関係を持つことを重視しますが、個人的な幸福は社会的調和に有害とさえ見られると言うのです。(※6)

 さらに、幸せに対する認識の違いに加えて、東アジア人は、欧米人よりも多くの社会的状況で幸福を表現するのは適切でないと考える傾向も強いです。 (※7)

 なので、個人の幸福を積極的に追求することを好ましいと思わない傾向があるうえに、さらには幸福を表現することにも消極的だと感じる文化的な事情があるようです。

2.幸せ恐怖症の背景にある思想

 というのも、道教や仏教の影響を受けているからだと主張する研究者が少なくないからです。(※8)

    • 東アジアの文化は、道教の影響下にある(Ho, 1995)
    • 道教では、物事は、その正反対に回帰する傾向があるとされている。(Chen, 2006; Peng et al., 2006)

 ここで思い出すのが、古代中国思想の陰陽です。(※9)

 陰陽は、正反対で相反するものと考えられがちですが、むしろ補完的で相対的、陰陽の考えでは、宇宙におけるすべての対極の調和のとれた相互作用を呼び起こす象徴だと言われています。

 

 ここまでまとめると、道教の哲学が、調和を重視する我々の認知に影響している可能性もあるということです。調和と協調性を重視する国民性を踏まえたうえで、具体的にどのような考えが、幸せに積極的な態度に関連しているのでしょうか?

 

3.幸せ恐怖症に関連する日本人の特徴

 日本人の特徴として、以下のようなものの見方や考え方、そして行動が、幸せを恐れる、幸せ恐怖症が相互に影響を及ぼしていると主張する研究者たちもいます。

    • 個人の考えや経験よりも、上司の考えや経験に依存する傾向(垂直性)(※10)
    • 他人に害を与えるような行動や社会規範を避けること(順応性)(※11)
    • 人間性の本質や社会制度に対する深い不信感と悲観的な見方。他者や人生そのものに対するネガティブな態度 (社会的シニシズム)(※12)
    • 人生の出来事はあらかじめ決まっているが、個人は何らかの形で結果に影響を与えることができるという考え方(動的外部性)(※13)

 

 どう思われますか?

 上記の傾向が大きい人は、幸せになることを怖いと思う度合いも大きいそうです。様々な研究で、文化間の比較が行われていて、上記はその結果の一部です。

 ところで、国によって幸せ恐怖症に関連するものの見方や行動などの特徴はあるものの、幸せ恐怖症という概念は、世界共通のようです。次節で詳しく見てみます。

 

4.日本国外の幸せ恐怖症の特徴

 日本のみならず、どの国の人も幸せ恐怖症を感じている人はいます。

 日本では、「幸福を感じることで、周囲への注意力が低下し、結果的に否定的な影響をもたらす可能性がある」という認識を持っている傾向があるそうです。(※14)

 同様に、イランでは、「たくさん笑ったらその弊害が来る」という言葉があったり、また、韓国では、「個人が今幸せならば将来は幸福でない可能性が高い」という文化的信念があるそうです。(※15)

 さらに、西洋の格言としては、「喜びの後には悲しみが訪れる」。(※16)中国、ドイツ、イスラム文化圏でも同様の表現があるので、世界中を見て回れば、より多くの幸せに対する否定的な表現が見つかりそうですね(気持ちが落ち込みそうなので、あまり検索したくないですが…)。

 

 ポジティブ心理学や幸福研究の最先端であるアメリカでは、幸せに見られないと心配に見られるそうですが、(※17) 比較研究を踏まえると、一定数の人々は、幸せになることにプレッシャーを感じているのかもしれません。

 ここまで読むと、幸せ恐怖症は良いことなのか、悪いことなのか?と疑問に思う方もいるかもしれません。次節でもう少し見てみます。

 

5.幸せ恐怖症は良いこと? 悪いこと? じゃあ、どうしたら良いの?

 生田目他 (2021) (※18) によると、幸せ恐怖症は、人生満足度を下げ、抑うつ・不安・ストレスにつながる可能性が言われています。生田目他の結果を踏まえると、幸せへの恐怖感は、良い状態、ウェルビーイングにつながるとは言えなさそうです…。

 また、文化的特性を踏まえて、東アジア人は、リラックスや安らぎといった低覚醒のポジティブ状態を重視すると主張する研究もあります。(※19) 瞑想ヨガなどが思い浮かびますね!個人的には、瞑想が幸せ恐怖症克服に最も有効な方法の一つだったと思っています。

 上記のようなウェルビーイングに向かうための認知や行動の変化方法については、色々と実践があるので、今後少しずつ紹介できたらと思います。

 

6.まとめ

 道教や仏教の教え・社会的慣習など、文化的な要因は、少なからず私たちの思考・そして行動に影響しています。本記事を執筆して、幸せに向かう心の持ちようだったり、目指し方は人ぞれぞれだと改めて気が付かされました。これまで述べてきた情報が、少しでもお役に立てば幸いです。

 

一般社団法人ウェルビーイングデザイン

宮地 眞子

 


脚注

(※1) 文部科学省(2023) 「教育振興基本計画」Ⅱ‐(2) 日本社会に根差したウェルビーイングの向上

(※2) Diamond Online 2024年9月5日「ウェルビーイングを高めるために個人が行えること、組織が取り組むべきこと」

(※3) ウェルビーイング学会 (2022) ウェルビーイングレポート日本版2022, 2頁. 

(※4) Joshanloo and Weijers (2014); Yildirim and Belen (2018); Laha and Chatterjee (2024) などの研究がある。

Joshanloo M., & Weijers D. (2014). Aversion to Happiness Across Cultures: A Review of Where and Why People are Averse to Happiness. Journal of Happiness Studies, 15(3), 717–735. https://doi.org/10.1007/s10902-013-9489-9

Yıldırım, M., & Belen, H. (2018). Fear of happiness predicts subjective and psychological well-being above the behavioral inhibition system (BIS) and behavioral activation system (BAS) model of personality. 2, 92–111.

Laha, A., & Chatterjee, D. (2024). Fear of Happiness with Relation to Mental Health and It’s Preventive Measure. 6(2).

(※5) Eid and Diener (2001); Kitayama et al. (1997); Kitayama et al. (2006); Mesquita and Albert (2007). 

Eid, M., & Diener, E. (2001). Norms for experiencing emotions in different cultures: Inter-and intranational differences. Journal of Personality and Social Psychology, 81(5), 869–885.

Kitayama, S., Markus, H. R., Matsumoto, H., & Norasakkunkit, V. (1997). Individual and collective processes in the construction of the self: Self-enhancement in the United States and self-criticism in Japan. Journal of Personality and Social Psychology, 72, 1245–1267.

Kitayama, S., Mesquita, B., & Karasawa, M. (2006). Cultural affordances and emotional experience: Socially engaging and disengaging emotions in Japan and the United States. Journal of Personality and Social Psychology, 91(5), 890–903.

Mesquita, B., & Albert, D. (2007). The cultural regulation of emotions. In J. J. Gross (Ed.), The handbook of emotion regulation (pp. 486–503). New York: Guilford Press.

(※6) Uchida, Y., Norasakkunkit, V., & Kitayama, S. (2004). Cultural constructions of happiness: Theory and empirical evidence. Journal of Happiness Studies, 5(3), 223–239.

(※7) Safdar, S., Friedlmeier, W., Matsumoto, D., Yoo, S. H., Kwantes, C. T., Kakai, H., et al. (2009). Variations of emotional display rules within and across cultures: A comparison between Canada, USA, and Japan. Canadian Journal of Behavioural Science/Revue Canadienne des Sciences du Comportement, 41(1), 1–10. 

(※8) Wallace, B. A., & Shapiro, S. L. (2006) and Shantideva.(1997). 

Wallace, B. A., & Shapiro, S. L. (2006). Mental balance and well-being: Building bridges between Buddhism and Western psychology. American Psychologist, 61(7), 690.

Shantideva. (1997). A guide to the bodhisattva way of life (V. A. Wallace & B. A. Wallace, Trans.). Ithaca, NY: Snow Lion.

(※9) 参考:ブリタニカ国際大百科事典「道教」https://www.britannica.com/topic/Daoism/History

(※10) Smith P. B., Peterson M. F., & Schwartz S. H. (2002). Cultural Values, Sources of Guidance, and their Relevance to Managerial Behavior: A 47-Nation Study. Journal of Cross-Cultural Psychology, 33(2), 188–208. 

(※11) Schwartz, S. H. (1994). Are there universal aspects in the structure and contents of human values? Journal of Social Issues, 50(4), 19-45.

(※12) Bond, M. H., Leung, K., Au, A., Tong, K-. K., de Carrasquel, S. R., Murakami, F., et al. (2004). Culturelevel dimensions of social axioms and their correlates across 41 cultures. Journal of Cross-Cultural Psychology, 35(5), 548–570.

(※13) Leung, K., & Bond, M. H. (2008). Psycho-logic and eco-logic: Insights from social axiom dimensions. In F. van de Vijver, D. van Hemert, & Y. P. Poortinga (Eds.), Individuals and cultures in multilevel analysis (pp. 199-221). Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum.

(※14) Uchida, Y., & Kitayama, S. (2009). Happiness and unhappiness in east and west: Themes and variations. Emotion, 9(4), 441.

(※15) Koo, J., & Suh, E. (2007). Is happiness a zero-sum game? Belief in fixed amount of happiness (BIFAH) and subjective well-being. Korean Journal of Social and Personality Psychology, 21(4), 1–19.

(※16) Tatarkiewicz, W. (with Internet Archive). (1976). Analysis of happiness. Warszawa : PWN / Polish Scientific Publishers. http://archive.org/details/bwb_P8-BXL-028, p. 249. 

(※17) Joshanloo M., & Weijers D. (2014). Aversion to Happiness Across Cultures: A Review of Where and Why People are Averse to Happiness. Journal of Happiness Studies, 15(3), 717–735. https://doi.org/10.1007/s10902-013-9489-9

(※18) Namatame H., Inohara A., Asano R., Igarashi T., Tsukamoto S., & Sawamiya Y. (2021). Reliability and validity of the Japanese Versions of the Fear of Happiness Scale and the Fragility of Happiness Scale. The Japanese journal of psychology, 92(1), 31–39. https://doi.org/10.4992/jjpsy.92.20206

(※19) Tsai, J. L. (2007). Ideal affect: Cultural causes and behavioral consequences. Perspectives on Psychological Science, 2, 242–259.

お問い合わせは以下のフォームよりお願いします