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2024.10.10

論文でウェルビーイング!第2回「マインドフルネスとウェルビーイング」


「論文でウェルビーイング!第2回」では、マインドフルネスとウェルビーイングの関係性について深堀していきます。マインドフルネス活動は、身体的・精神的・社会的ウェルビーイングに影響を及ぼします。今回は、マインドフルネスの背景にある仏教や歴史について振り返ります。そして、ウェルビーイングとのつながりについても言及していきます。


 

1. はじめに

1.1.   マインドフルネスとは?:マインドフルネスは、仏教由来!

マインドフルネスとは、東南アジア各地に伝播したテーラワーダ仏教の瞑想法(satipatthana/サティパッターナ)の英訳です。

サティ(sati)は、中国語で「念」と訳され、その意味には、単に「気づき」だけでなく、「記憶、追想、想起、回想」などの意味合いが含まれます。 [1] そして、サティは、「特定のことがらを忘れたり、こころを散乱させることなく、注意を集中する能力」を指します。[2]

テーラワーダ仏教では、ヴィパッサナー(vipassana)とサマタ(samatha)と呼ばれる、大きく2つの瞑想法があります。日本では、前者を観想、後者を止観と呼んできました(蓑輪, 2008)。どちらの瞑想法でも、「気づき」が要になることは変わりありませんが、定説では、マインドフルネスの起源は、「注意はオープンで流動的に保ち、何事にも固定させない」ヴィパッサナー瞑想であるとされています(Nauriyal, Drummond and Lal, 2006)。ただ、大谷(2014)によると、マインドフルネスの実践においては、ヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想の両者が取り入れられています。[3]

また、マインドフルネスは、仏教の重要な教えである「八正道」(はっしょうどう)の7番目、正念(しょうねん)にあたります。[4] 心身の反応を冷静かつ客観的に、ありのままに察することがヴィパッサナー瞑想の特徴です。

 

  • ✎ マインドフルネスの起源は、テーラワーダ仏教のヴィパッサナー瞑想
  • ✎ マインドフルネスは、「八正道」の「正念」に相当する
  • ✎ 「心身の反応を冷静かつ客観的に、ありのままに観察する」のが、マインドフルネス

 

1.2.   マインドフルネスの定義

それでは、マインドフルネスの定義には、どのようなものがあるのでしょうか?これまでのマインドフルネスの仏教的由来を踏まえた上で、見ていきます。

まず、大谷(2014)は、マインドフルネスを以下のように定義しています。

「今ここ」の体験に気づき(awareness)、それをありのままに受け入れる態度および方法 

(大谷, 2014, p. 17)

 

東南アジア諸国で実践されてきたヴィパッサナー瞑想は、マインドフルネスとして、定着します。その立役者となったのが、マサチューセッツ大学医学大学院名誉教授のジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)です。彼によるマインドフルネスの定義は以下の通りです。[5]

“Mindfulness means paying attention in a particular way: on purpose, in the present moment, and non-judgmentally.” 

(Jon Kabat-Zinn, 1995, p. 4, 引用者訳)

 彼によると、マインドフルネスとは、「意図的に、今この瞬間に、そして判断せずに、という特定の方法で注意を払うこと」を意味します。

 

また、大谷(2014)によると、 マインドフルネス人気の一方で、マインドフルネスの定義は困難ともされています。それは、仏教の「マインドフルネス」瞑想が多様性に富み、これが「マインドフルネス」であると一元的に特定できないからだそうです。

 

1.3.アメリカに渡った “マインドフルネス”

マインドフルネスは、1970年代、アメリカに根を下ろします。分子生物学の専門を背景に持つカバットジンですが、仏教の影響を受け、1979年にマサチューセッツ大学医学部にてストレス軽減クリニックを開きます。彼はそこで「マインドフルネスに基づくストレス軽減プログラム(MBSR)」を開始するのですが、このクリニックでの活動が、西洋でのマインドフルネスを広めるきっかけになりました。

 

 

1.4.マインドフルネスにおける仏教性の排除

マインドフルネスは仏教の修行法に基づいていますが、カバットジンが1979年頃、マインドフルネス実践を紹介する際に、宗教色をあえて前面に出さなかった理由としては、MBSRが、「ニューエイジ」(宗教的・疑似宗教的傾向がある)、「東洋の神秘主義」あるいは単なる「うすっぺらい」ものとみなされるリスクを避けるためでした。[6] つまり、マインドフルネスが、宗教的要素を排除し、科学的根拠に基づく手法として提示されたのは、当時のアメリカ社会の受容性を考慮した、戦略的な選択だったと言えます。この方法をとることで、マインドフルネスは広く受け入れられやすくなったのです。

マインドフルネスにおける宗教性の除去については、議論がなされてきており、マインドフルネス研究における三つの視点のうちの一つになります。一つ目は、マインドフルネスのメリットとやデメリットについて証明する臨床研究、二つ目は、その発展や拡大を批判する社会学的研究、そして三つめが宗教的ルーツを探る研究です。[7]

 

1.5.日本におけるマインドフルネス研究

マインドフルネスに関する研究は爆発的に増加しており日本の論文の検索エンジン、CiNii(サイニー)によると、2000年から2023年までの間で、1804件の論文が見つかり、2015年あたりから論文数は前年の約2倍と、爆発的に伸びています。そのため、マインドフルネス研究は、この10年間で急激に成長したと言えます。

 

宗教性が除去されたまま西洋では、マインドフルネス活動やマインドフルネスビジネスが拡大しています。そんな中、マインドフルネス研究の課題の一つとしては、「マインドフルネスの概念や実践が西洋的文脈で研究されることが多いため、異なる文化圏での適用性や効果の検証が不足していること」が挙げられます。[8][9] そのため、日本におけるマインドフルネス研究の必要性は大きいと筆者は感じています。

次節では、マインドフルネスがウェルビーイング研究の発展においても重要な理由について深堀していきます。

 

2.ウェルビーイング研究におけるマインドフルネスの重要性

マインドフルネスの源流が仏教思想にあることを踏まえると、仏教の影響下にある日本の文脈におけるマインドフルネス活動についての研究が求められます。さらに、ウェルビーイング研究の発展のためにも、マインドフルネス研究の発展は求められると言えます。

マインドフルネスとウェルビーイングの関係についての研究はすでに欧米の文脈でなされていて、例えば、Garlandら(2015)は、マインドフルネスがユーダイモニアな幸福(長期的な幸せ)を高めることを詳細なメカニズムを紹介しつつ論じています。[10]

また、Garlandらが主張するように、マインドフルネスとウェルビーイングには強い結びつきがありますが、ウェルビーイングの3要素:身体的・精神的・社会的、ごとにマインドフルネスとの関連をまとめてみると、以下のようになるかもしれません。

 

  • 身体的ウェルビーイング:睡眠の質の向上[11]・血圧の低下[12]・痛みへの対処能力の向上[13]
  • 精神的ウェルビーイング:不安やうつの軽減[14]・対処法の改善・認知の柔軟性の向上・感情調節能力の改善(いずれも佐渡ほか2021より)・自尊心の向上[15]
  • 社会的ウェルビーイング:自他に対する思いやりの心(コンパッション)の増加[16]

など

 

さらに、マインドフルネスが生活の質を向上させることも示す研究もあります。[17]これは、上記3つの種類のウェルビーイングすべてに関連するとも言えます。

このように、マインドフルネスは身体的・精神的・社会的なウェルビーイングにおいて多面的な効果を持つことが明らかになっています。これらの要素は相互に関連しており、一つの側面が改善されることで他の側面にも良い影響を与える可能性もあります。

これまで主に心理学や医学分野で議論されてきたマインドフルネスのテーマですが、ウェルビーイング研究におけるマインドフルネスを概観してみて、特に、社会的ウェルビーイングとの関連に関しては、学問分野を横断した学際的研究が一層求められると思いました。(自他へのコンパッションが地域や職場でのウェルビーイングにも関連しそうですね)

ここまでをまとめると、数多くの研究で、マインドフルネスの実践が個々のウェルビーイングを高めることを示唆しています。マインドフルネス活動は、人類のウェルビーイングを向上させる重要な手段として位置づけることができるのではないでしょうか。

 

3.まとめ

マインドフルネスの起源は、テーラワーダ仏教のヴィパッサナー瞑想であり、さらに、マインドフルネスは、「八正道」の「正念」に相当します。大谷(2014)によると、マインドフルネスは、定義が難しいものの、「『今ここ』の体験に気づき(awareness)、それをありのままに受け入れる態度および方法と定義づけています。ジョン・カバットジンによって紹介された「マインドフルネス」は、科学的アプローチを採用することで広く受け入れられ、身体的、精神的、社会的ウェルビーイングに多面的な効果をもたらす可能性が確認されています。今後は、学際的な視点からの研究がさらに進むことで、マインドフルネスがウェルビーイング向上のためのさらなる重要な手段として位置づけられるかもしれません。

一般社団法人 ウェルビーイングデザイン

武蔵野大学しあわせ研究所 客員研究員

宮地 眞子


余談・・・

  • 筆者とマインドフルネスとの出会いは、筆者の米国留学中でした。カバットジンに大きな影響を与えたタイの僧侶、ティック・ナット・ハンの著書(英語)に出会ったのがきっかけでした。

 

  • ティック・ナット・ハンの英語は非常に簡潔です。彼が詩人でもあったからかもしれません。単純な文法で書かれているため、英語が母国語でない読者にも読みやすく、英語でマインドフルネス実践を学びたい人におすすめです。私が瞑想法の多様性に気が付かされた一冊でもあります。個人的には、下記の画像の左の本 “you are here” (2010) で紹介されている、歩きながら、今ここに意識を向ける、ウォーキングメディテーションが気に入っています!

 

↑ トレーニングプログラムの一つ、ボディスキャンですが、筆者は以前(20代前半でした)ボディスキャンをヨガの最中に試したときに、リラックス状態の中、理由もなく涙があふれてきました。無意識に抑圧されていたものが解放されて、相当体と心がリラックスしたのでしょうね…。

 


脚注

[1] Wallace, B. A. (2012). Meditations of a Buddhist skeptic: A manifesto for the mind sciences and contemplative practice. Columbia University Press. p. 178.

[2] Buswell, R. E., Lopez, D. S., Ahn, J., Bass, J. W., Chu, W., Goodman, A., Ham, H. S., Kim, S.-U., Lee, S., Pranke, P., Quintman, A., Sparham, G., Stiller, M., & Ziegler, H. (2014). The Princeton Dictionary of Buddhism. Princeton University Press. http://www.jstor.org/stable/j.ctt46n41q. p. 831.
[3] 大谷 彰 (2014)マインドフルネス入門講義 金剛出版.
[4] Nyanaponika, T. (1962). The heart of Buddhist meditation: A handbook of mental training based on the Buddha’s way of mindfulness. London: Rider.
[5] Kabat-Zinn, J. (1995). Full catastrophe living: Using the wisdom of your body and mind to face stress, pain, and illness. New York, NY: Bantam Dell.

[6] Kabat-Zinn, Jon, (2011). ‘Some Reflections on the Origins of MBSR, Skillful Means, and the Trouble with Maps’, Contemporary Buddhism, 12 (1), pp. 281–306. doi:10.1080/ 14639947.2011.564844.

[7] Shreya Wagh-Gumaste. (2012). Influence of Hindu Spiritual Teachers on Mindfulness-Based Stress Reduction (MBSR) of Jon Kabat-Zinn. インターナショナル・ジャーナル・オブ・サウス・アジアン・スタディーズ, 12 巻, p. 1-18, https://doi.org/10.11384/ijsas.1010, https://www.jstage.jst.go.jp/article/ijsas/12/0/12_1010/_article/-char/ja

[8] Nagayama Hall GC, Hong JJ, Zane NW, Meyer OL. (2011). Culturally-Competent Treatments for Asian Americans: The Relevance of Mindfulness and Acceptance-Based Psychotherapies. Clin Psychol (New York).  Sep 1;18(3):215-231.

[9] Proulx, J., Croff, R., Oken, B. et al. (2018). Considerations for Research and Development of Culturally Relevant Mindfulness Interventions in American Minority Communities. Mindfulness 9, 361–370. https://doi.org/10.1007/s12671-017-0785-z

[10] Garland EL, Farb NA, Goldin P, Fredrickson BL. (2015). Mindfulness Broadens Awareness and Builds Eudaimonic Meaning: A Process Model of Mindful Positive Emotion Regulation. Psychol Inq. 2015 Oct 1;26(4):293-314. doi: 10.1080/1047840X.2015.1064294.

[11] 王 尚, 松田 英子 (2023). マインドフルネスストレス低減療法による在日中国人留学生の睡眠改善効果, 日本健康心理学会大会発表論文集, 2022, 35 巻, セッションID P1-15, p. 35-, Online ISSN 2189-8812, https://doi.org/10.11560/jahpp.35.0_35, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahpp/35/0/35_35/_article/-char/ja

[12] Babak A, Motamedi N, Mousavi SZ, Ghasemi Darestani N. (2022). Effects of Mindfulness-Based Stress Reduction on Blood Pressure, Mental Health, and Quality of Life in Hypertensive Adult Women: A Randomized Clinical Trial Study. J Tehran Heart Cent. 17(3):127-133. doi: 10.18502/jthc.v17i3.10845. PMID: 37252082; PMCID: PMC10222936.

[13] Kabat-Zinn J, Lipworth L, Burney R. (1985). The clinical use of mindfulness meditation for the self-regulation of chronic pain. J Behav Med. 8(2):163-90. doi: 10.1007/BF00845519. PMID: 3897551.

[14] 佐渡 充洋, 二宮 朗, 朴 順禮, 田中 智里, 小杉 哲平, 田村 法子, 永岡 麻貴, 山田 成志, 藤澤 大介  (2023) 精神科医療およびメンタルヘルスにおけるマインドフルネス療法の意義と未来, 心理学評論, 2021, 64 巻, 4 号, p. 555-578,  Online ISSN 2433-4650, Print ISSN 0386-1058, https://doi.org/10.24602/sjpr.64.4_555, https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/64/4/64_555/_article/-char/ja

[15] 上地朝子 (2024). マインドフルネス・トレーニングが中学生の自尊感情に及ぼす影響, 放送大学文化科学研究, 3, p. 27-34, https://ouj.repo.nii.ac.jp/records/2000007.

[16] 有光 興記 (2021). コンパッションとウェルビーイング, 心理学評論, 64 巻, 3 号, p. 403-427, 公開日 2023/02/10, Online ISSN 2433-4650, Print ISSN 0386-1058, https://doi.org/10.24602/sjpr.64.3_403, https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/64/3/64_403/_article/-char/ja

[17] 佐渡充洋 (2020). マインドフルネスが生活に必要な理由, 行動医学研究, vol.25,No.2,p. 100-105.  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbm/25/2/25_100/_pdf/-char/ja

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